Facebookページ【多くの音楽家が知らないでいる、演奏に役立つこと。】
に2018年3月29日に投稿した記事です。
自分の音をジャッジすることについて。
自分の音をジャッジすることについて。
「今の演奏、最悪。」
「音が汚かった。」
「音楽的ではなかった。」
「全然よくない。」
と、自分で自分の音をジャッジしてしまうのがやめられない。
ダメ出しはよくないって分かっているけれど、どうしても出た瞬間、自分の演奏をジャッジしてしまう。
そんな、向上心とスパルタ心が相まったような、自分の音への厳しさ。
音楽家なら誰でもそういう思いはあると思いますが、
女優でアレクサンダー・テクニーク教師のキャシーは、「ジャッジについて」も、また、違った角度から光を当ててくれました。
キャシーの話の中には、「お招きする。(invite)」という言葉があります。
それは、演奏をし、音楽を表現し、音を舞台から届けるパフォーマーの役割や、在り方についての言葉です。
どうしても舞台に立つと、音を飛ばすとか、お客さんに届けるとか、音楽に引き込むとか、舞台に立つ側の強いメッセージを、聴衆に渡しに行くという意識が生まれがちです。
でも、聴衆は聴衆なりの受け取り方で音楽を聴き、聴いた後どんな感想を持つかは、聴衆次第であり、それを無理やりコントロールすることはできません。
なので、舞台に立つパフォーマーは、
・この音楽を聴いてください!と音楽や、舞台に集中させようとするのではなく、
・こちら側の音楽をどうぞ聴きませんか?と【お誘い】する。
舞台に、音楽に、演奏に、
【招待する。お招きする。案内する。招聘する。お誘いする。】
これもまた英語のニュアンスと日本語の難しいところではありますが、
手を握りながら、相手を引っ張って「こっちこっち!」と言うのではなく、
「Come on!」と親指を立てて自分の方を指したり、手のひらをドアの方に向けて「こちらです。」と言ったりするようなニュアンス。
お誘いする意図は、絶対来てよね!、でなく、来るのも来ないのも、最終的にはあなた次第、という相手の選択が含まれていること。
それをキャシーは「お誘いする(invite)」という言葉で表現し、パフォーマンスで使います。
アレクサンダー・テクニークに出会い、初めて「お誘いする」ということが舞台で必要だと知ったときには、目からウロコでした。
今まで演奏の中に、お誘いするなんてニュアンスは、全く入っていなかったからです。
でもこの数年間のレッスンで、この言葉の意味を知り、パフォーマンスとは何なのか、舞台に立つということはどんなことなのか、音楽家は何をしているのか深く学び、
それを自分も実践しながら演奏することで、本当の意味で舞台と聴衆が結びつくのだと、実感できるようになりました。
そんな、【お誘い】することに関しても、運営しているFacebookページの名前でもある「多くの音楽家が知らないでいる、演奏に役立つこと。」だと思います。
なのですが、今回のジャッジに関しては、全く思ってもみない方向で、私は【お誘い】することを、さらにアップートすることになりました。
それを私の理解とともに、みなさんとシェアしたいと思います!
キャシーのレッスンでの言葉を、私が理解した内容として書き起こします。
演奏家にとって、自分の音を判断することは必要である。
自分が演奏した音の質を、自分で判断するのは、演奏家として自分のすべきことの一環である。
自分が持っている音を比較する能力は、演奏においての仕事の一部なので、自分から追い出すことはできないし、追い出す必要もない。
その情報を、どう使うかが、ダメ出しとジャッジの分かれ道。
意図を持って、演奏した結果、何が起こるかに気づく。
その情報を用いて、聴衆を音楽にお誘いをしていく。
観客を、【その能力に】お誘いする。
自分の音をジャッジするのは、お誘いの一部である。
ジャッジがダメなんじゃなくて、自分の演奏をジャッジするのはダメだと、「比較している最中に、自分が自分を固めること」が必要ない。
出た音や演奏を瞬時に判断し、比較し、また演奏をし、微調整をする、パフォーマーにその能力がある。
今この瞬間に、その高い能力を使って、演奏を毎瞬毎瞬、音を変化させている。
その能力に【お誘い】する。
その役割に観客を【お誘い】する。
「ライブで今まさにそれが起こっているということが、生の演奏を、観客が好きな理由なのよ。」
そんな風にキャシーは言いました。
光の当て方で、こんなにも同じ話が、違う風に見えてしまうのかと、景色が一変したようでした。
一方は、ジャッジをするネガティブな自分を責めていて、
一方は、ジャッジをする能力こそ、舞台でのお誘いの一部で、その能力にお誘いする。
「今の演奏、最悪。」「音が汚かった。」「音楽的ではなかった。」「全然よくない。」
自分で自分の音をジャッジしている瞬間さえも、そのパフォーマーの能力に、聴衆をお誘いする。
多くの聴講している人たちが、一斉にノートにペンを走らせる瞬間でした。
あのときの景色の写真をシェアします。
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