◆メサージュをさらう。その2。 /0076

経験に基づいて意識の下に埋もれているレベルのこうなると良くなるはずという無意識でできてしまう微調整の変化を繰り返していくうち、少しづついい方向に変化していく。それが練習時間の中身。我に帰ったときに、不思議な感じがした。懐かしいさらい方。多分音楽家って普段こうやって、演奏をして上達することが多いんだ。
クラリネット奏者、アレクサンダー・テクニーク教師 宮前和美

メサージュをさらう。その2。
カデンツァで駆け上るところがあるんだけれど、受験生の時はそう難しいと思ってなかった部分が、数日前から今の私は納得できない。鳴り方が軽薄なのと、音色の均一さが途中で途切れるところがあるのと、指の確実さの確率が低いところ。こうやって吹きたいという理想形と合わない。
こうしたい!吹いてみる。もうちょっとこういう感じ。吹いてみる。もっとこう!吹いてみる。
っていう作業を何度か繰り返して、気づいた。「こうしたい」って思っていることって、全部音だ。
俗に言うソルフェージュってやつなのかもしれないけれど、「こう」は「こう」っていう言葉でもなく、「♪」なのだった。
それがずっと頭の司令塔のてっぺんにいて、「♪」!、「♪」!と吹きながら毎回鳴っている。それと合わないと、ちがうなーぁぁ!ともう一度それを現実に鳴らせるまで、経験に基づいて意識の下に埋もれているレベルのこうなると良くなるはずという無意識でできてしまう微調整の変化を繰り返していくうち、少しづついい方向に変化していく。
それが練習時間の中身。
我に帰ったときに、不思議な感じがした。懐かしいさらい方。
多分音楽家って普段こうやって、演奏をして上達することが多いんだ。
「♪」って思っていると、自動的に息とかアンブシュアとか色々な積み重ねてきたスキルが総動員して微調整されて、その音が作り出されていく。器用であれば器用であるほど、言葉に起こさなくっても「♪」な感じ!という司令塔の指示で吹けてしまう。
音楽があってスキルはそれについてくると言われるのはもっともだ。音楽を奏でるための技術なんだから。異論はない。
頭の中に鳴っている音を唱えて吹くことで、今回だってそれでこのカデンツァが吹けていたら、そのまま全然気づかなかったし、いくらでもそうやって譜読みして、本番で演奏している。そう吹くことが、馴染みのあるということさえ全く今まで気づかなかったほどにとても馴染みのあるさらい方だった、ってことにハッと気づいた瞬間の不思議さ。とても重要なことだという直感があった。
アレクサンダー・テクニークを学んだ私が知っているのは、もっと具体的に頭の中で身体の使い方を考えて、文字に起こせるくらいの詳しい明確な細かい微細な動きの指示にすると、もっと奏法は確かなものになるってこと。
頭と脊椎の動きについて、肋骨や肺についての動きへの指示、遠く離れている足と地面の接地やバランスへの意識。
そして、細かいアンブシュアや息や指の動き。「♪」という目的をそのまま指示にするよりも、もっと具体的に離れた場所も総合的に司令塔が指示していた方が、「♪」という目的が結果としてついてくるようになる。
実際、我に返ってそうしてみたら、あれ?と思った。その頭に鳴っている「♪」を強く鳴らさなくても願っていなくても、それにこう吹きたいという演奏をやった気がしないのに、でも自分が思い描いた音に近づいたと。
でもそれは「♪」という目的があるからこそ実現する。
私にとって重要な発見だった。面白い。
クラリネット奏者、アレクサンダー・テクニーク教師 宮前和美
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